小沢一郎ネット記者会見・・・ニコニコ生動画

ニコニコ生動画は、登録をしなければならないので、無料ですが面倒
なのでこれまで見ませんでした。

今日、たまたま登録して、ついでにこのネット会見を見たのですが、これ、
面白い。

上杉隆さん、池田信夫さん、それと元官僚らしい岸さんという方が
小沢一郎に質問します。司会は、これ、誰かな?

スパモニも面白かったのですが、もっと面白い。
こういう番組をテレビでやれば、政治に若者がもっと関心をもつように
なるのに。
くだらない政治ものバラエティをニセものとするなら、こういう番組の
面白さはホンモノ。
いまの表メディアは、どのような分野でもニセものばかりをもてはやして
いるのでは?


ニコ生は、ustreamよりも若い人に視聴者が多く、また司会者が言うには
自民支持者がおおいのだそうです。
登録の一手間かけて、視聴する価値、充分にあります。
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小沢一郎 ネット会見 民主党代表選挙

記者が書く小沢一郎

昨今は、日刊ゲンダイや、週刊ポストといった、ちょっと電車の中でひらくには
はばかられる週刊誌や夕刊紙が、反骨的報道をしています。


その日刊ゲンダイのネット版より。


ゲンダイ的考察日記
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http://octhan.blog62.fc2.com/blog-entry-1615.html
2010/09/11(土) 00:02:09
[小沢一郎ネタ] 政治記者はなぜ小沢嫌いなのか<2>
新聞社のデスク段階でネジ曲げられる「小沢実像」


記者 「政治資金の問題は世論とのギャップがあるんじゃないですか」
小沢 「あなたたちの報道でしょ。でも、みなさんに理解していただけ
るように常日頃から努力します」
記者 「小沢さんは記者会見はサービスと言ったことがあるそうですが、
いまでもそう思っていますか」
小沢 「サービスという言葉を曲げて取らないで。サービスとは私たち
の義務だし奉仕ですよ。そういう意味で言ってるわけです」


小沢一郎民主党の代表や幹事長を務めていたころの定例の会見での
ひとコマだ。こんストレートな質問をコワモテの小沢に遠慮なくぶつ
けるのは、30歳前後の若い記者が多い。そのたびに小沢は真摯に答
え、会見室の空気は決して悪くない。小沢のジョークに会場がドッと
沸くことも多かった。


ところが、その記者たちが社に戻って小沢の主張をデスクに伝えると、
こう言われる。
「お前は小沢を知らない。きれいごとを言っているが本音は違うんだ」


若い記者の報告は無視されるという。
小沢パッシングの紙面が作られる背景にはこんな事情があるのだ。
第一線の若い記者がいくら小沢の実像を上げても、社に陣取る古い
記者やデスクがネジ曲げるというのである。


ベテランの政治部記者はこう言い放つ。
「いまの若い記者は、小沢さんの過去を知らない。だから小沢が語
る政治理念を真に受ける。デスクたちは小沢の本質を頭に入れて記
事を手直ししている」


だが、現場の若い記者はこうした先輩諸氏の姿勢に疑問を持つのだ。
「小沢さんが熱く語る民主主義や政治主導は筋が通っていると純粋
に思う。でも、うちのベテランたちは、頭ごなしに小沢さんの話を
聞こうともとない。我々としては不満ですね。今回の代表選でも、
小沢さんはさまざまな政策を語っていて、菅さんを圧倒している。
でも、デスクは『カネの問題は小沢に染みついている』とハナから
決めつけていますからね」


自民党時代、血気盛んだった小沢に邪魔されたベテラン記者の「小
沢アレルギー」は大きい。これでは国民に「小沢像」が間違って伝
わるのも仕方ない。


日刊ゲンダイ 2010/09/09 掲載)

                                                                                                                                                              • -

何度も紹介していますが…


その小沢はNHKの番組でこんなことを言っていた。
ケネディの演説じゃないけど、国が何してくれるかじゃないんだよ。自分
たちが社会のためにどういう働きをすることによって、より良い社会をつく
るかというのが民主主義の基本だから、政治というのはその国民の委託を受
けてやるだけ。日本人は僕は自立心が足りないって言っているんだ。自分た
ちで政権をつくったり代えたりすることができる権限を持っているのに、そ
れを行使しないでぶつくさ文句ばっかり言ってちゃダメだと。自分たちで自
分たちの生活をつくるんだ。そういう意識が今度の政権交代で芽生え、定着
すれば僕の本懐」
ただの権力亡者ではない。戦後60余年。いまだに本当の民主主義が根付い
ていない日本にとって、この男は欠かせない政治家だ。(2009/11/09記事より)


そんな私も、自民党幹事長時代の小沢さんが大嫌いでした。
日本国民の敵、超保守主義者だとさえ思っていました。
しかし、この発言により小沢さんの見方が変わりました。


小沢さんが自由党を立ち上げた時の会見での発言です。
「新党立ち上げにより、全国各地を行脚した。
そこで国民の皆さんに今の政治が苦労をかけていることがわかり、本当に
申し訳ない気持ちになった。だから国民目線での政治を行う必要があると
感じ新党を結成した。私のこれからの政治人生すべてをかけるつもりだ。」



・・・・・・・ここまで引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



もう一つ、元記者であったらしい「世に倦む日日」氏の一昨日でしたか、その記事
から、小沢一郎の昔と今の一節引用しておきましょう。




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http://critic6.blog63.fc2.com/blog-entry-371.html

(略)
格差と貧困の問題だけでなく、あらゆる問題について、小沢一郎の発言
が正論で、われわれ国民の要求と心情を代弁している。円高問題は、為
替リスクをヘッジしている大企業は問題ないが、下請けの中小企業と社
員のリストラが問題なのだという指摘も当を得ている。記者会見の開放
や捜査取調べの可視化についても、ようやく昨年8月の原点に政策の基
準を戻した。小沢一郎の失脚以来、こうした民主党の公約は政治の世界
から消えていたのである。天下りの禁止についても言及した。鳩山マニ
フェストの世界が生き生きと甦り、政権交代を期待した頃の気分に戻っ
て行く。期待が集まるのは当然だ。小沢一郎は、政策も姿勢も昔とは大
きく変わった。だが、昔からの支持者を失わないようにという配慮があ
り、昔の小沢神話の信者に向けて、「僕は一切変わっていません」と言い、
過去と現在が切断していないようにレトリックで説明をつける。
だが、それはレトリックだ。小沢一郎はレトリックが上手になった。そこ
も大きな変化だ。朴訥で口下手な小沢一郎が、レトリックを駆使してい
るようには誰も思わない。昔の小沢一郎は、政策の説明が苦手で、質疑
応答で矛盾を衝かれると逆上し、相手を強引に黙らせる態度が目立った。
今はその当時の面影が消えていて、相手を見ながら、場面によって協調
と対立を使い分け、必要な説明と表現を繰り出している。最も説得的な
メッセージを発信するべく、議論の場を組み立てていて、それを成功さ
せている。



昔は今と逆で、どれほど小沢一郎が滅茶苦茶な暴言を吐き、傲岸不遜
に永田町界隈で暴れても、マスコミがそれを庇い、「政治改革の騎手」
として持て囃し、小沢一郎を礼讃する提灯記事で紙面を埋めていた。
その筆頭が朝日新聞だった。早野透がそうだ。マスコミが小沢一郎
言い表すときの「剛腕」という言葉は、日本語の「傲慢」と「強引」の
二つのニュアンスが裏側に溶け込んでいる。語音が近いので、言葉の
響きでニュアンスが混じり込む。90年代の小沢一郎は傲慢で強引な
政治家だったが、権力の中枢にいて政治を動かしていたから、新聞記
者たちはペコペコ媚び諂い、小沢一郎が新聞記者たちに「お前らは勉
強が足りない」と言うと、「そのとおりです」と恐縮して謙っていた。
小沢一郎の演説を聞いて、初めて「上手い」と思ったのは、4年前の
菅直人と一騎打ちとなった代表選の最後の演説のときである。まさか、
演説の迫力で小沢一郎菅直人を圧倒するとは思わなかった。私には
意外だった。逆になると思ったからである。そのとき、小沢一郎
「変わらなきゃ」と言い、「自分を変える」という話がテーマだった。
今、思い返すと、実に意義深く感じられる。あの決意の演説の後、
小沢一郎は確かに変わった。他に適当な表現が見つからないので、
敢えて言うが、政策は右から左に寄った。新自由主義から反新自由主
義になった。政治家としての姿勢や手法も変わった。昔の面影を残し
つつ、しかし確実に変わった。自分を変えるということは、なかなか
できないことだ。
(略)