メディアの大罪・・・・一国民を予断で吊るし上げるという習性

考えてみれば、メディアすなわち大新聞とテレビはいつもそんなことばかり
してきている。獰猛なハゲタカのようだ。


犯罪者であってさえつらかろうが、これが冤罪であったらどうするのか。
冤罪報道をしてすまなかったと謝罪した記事など、見たこともない。
報道責任というものを自覚して記事を書くようになれば、もっと言葉も慎重
になるだろう。冷静な、論理の通ったものになるだろう。


人に「説明責任」とか「自己責任」とか押し付けてばかりいないで、
「報道責任」をとりなさい!


さて、検察審査会が素人の判断だと小沢一郎が言ったというので、ネット
ニュース配信の各社は、それぞれに恥の上塗りをしている。


ところで、検察審査協会連合会とかいうものがあると初めて知りました。
検察審査員をしたOBが集まっている16000人からなる団体と言いますが、そして
見ると、活動はこんな感じ。


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さる平成16年1月17日、千葉県検察審査協会連合会創立30周年記念大会が、千葉市
幕張の「ホテルスプリングス幕張」に於いて盛大に行はれました。


  ご来賓 千葉地方検察庁 検事正 松永栄治先生
       千葉県弁護士会 会長  松本新太郎先生
       参議院議員       佐藤道夫先生
    全国検察審査協会連合会副会長 石橋聡先生

(略)


最高裁判所事務総局刑事局長 大野市太郎先生を始めとし 多くのご来賓をお迎えし、
全国より800人もの会員が集まり盛大に行われました。


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さらに見たければ、はなゆーさんのブログへどうぞ。
http://www.asyura2.com/10/senkyo97/msg/246.html


わたしはネット内ニュースしか見ないけれど、それでもどうしてこんな記事が書ける
のだろうと思う。予断、推測、希望的感想。そんなものばかりでこねつけた、表層
的というにさえ値しないような、意図ある記事。


解毒しなくっちゃいけません。


以下は、岩上さんのツィート集。阿修羅にあがって、たくさんのコメントがついて
います。このコメントがどれも秀逸。リンク先で読んでください。


http://www.asyura2.com/10/senkyo97/msg/114.html
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検察審査会の「異常性」について by ジャーナリスト・岩上安身
http://www.asyura2.com/10/senkyo97/msg/114.html
投稿者 びぼ 日時 2010 年 10 月 07 日 08:18:15: 0cYXJ4o7/SPzg

ジャーナリスト・岩上安身氏のTwitterより
https://twitter.com/iwakamiyasumi

伊藤次長検事の話。会見を延長して、質問したのは、小沢氏を「起訴相当」と結論した
第五検察審査会の議決書のこと。伊藤次長検事は、「コメントする立場にない。
すでに完全に検察の手を離れている。強制起訴も指定弁護人のすること」と。


伊藤次長検事は、検察としての結論を、はっきりとこう言い切った。「小沢氏について
は、捜査の結果、起訴に相当する証拠がなく、不起訴が結論」と。検察が、記者会見で
こう述べるのは実は初めてではない。

(前回は私は入れてもらえてなかったが)。
ろくろくマスメディアが報じない、検察の結論。



改めて検察審査会の存在の「異常性」が浮かび上がる。誰が告発人か、不明。誰がメン
バーかも、不明。審議の内容も、不明。そんな検察審査会が、「期ズレ」の被疑事実で
はなく、「収入」を「犯罪事実」と書き加えて「起訴相当」と議決する。


一人の人間を起訴するという重い判断を下すにあたって、検審は何のリスクも責任も
負っていない。こんな無責任な状態のまま、検審が「起訴相当」を乱発すれば、どん
な人間でも社会的に抹殺することができる。問題は、実はここ。


議決書をよくよく読み返し、あわせてメディアスクラムを突き合わせると、問題の所在
がはっきり見えてくる。議決書のまとめには、検審の基礎となる考えとして、「検察
官だけの判断で不起訴と決めるのではなく、本当に有罪か無罪かを裁判所に判断して
もらう権利が国民にある」と述べている。


検察が起訴すればほぼ有罪、という社会から、有罪か無罪かは裁判所が判断する社会
への移行の提言と読めなくもない。だが、問題は司法手続きや制度がそのように移行
するというなら、その背景をなす社会全体も変わらなくてはいけない、という視点が
すっぽり抜け落ちていることだ。


今までは、検察の判断がすべてという仕組みの社会。だからこそ、起訴されたとたん
に「被告」呼ばわりされ、メディアは「推定無罪」などお構いなしに実質的に罪人扱
いし、世間もその判断を受け入れてきた。裁判所の判決が下される前に、社会は先行
して制裁を課し、社会的生命を奪ってきたのだ。

もし、今回の第五検察審査会の「まとめ」に書かれているとおり、「疑わしきはとに
かく起訴。判断は裁判所が下す」という社会への移行を、本気で受け入れるなら、判
決が下されるまで、「被告」は徹底的に保護され、社会的な不利益を被ることが一切
ない、という社会全体の仕組み作りが必要である。

もちろん、メディアは判決が出るまで、センセーショナルに事件を報道したり、
推定無罪」であるはずの「被告」に、有罪の印象を与えたりするようなことは、
厳に慎しまなければならない。政治家も一国民であり、政治責任を取らされて、離党、
議員辞職を勧告するなどもってのほかである。


判決が出て、有罪が確定するまで、いかなる社会的不利益も被ってはならない、という
のが、大前提になる。それができないなら、軽々に起訴を乱発すべきではない。実質的
には「推定有罪」の社会を背景にしたまま、強行すれば、そのズレによって、有罪未満
の人間が次々、社会的死に追いやられる。


今、「小沢一郎」という、至って平凡な名前をもつ人物が追い込まれている事態は、そ
うした二つの社会制度の谷間に、転落させられ、社会的に抹殺されつつある、という事
態である。検審の議決書は裁判所の判断を求めることを「国民の権利」といい、「国民
の責任」において白黒つけるのだと書く。


国民として責任を負う? 冗談ではない。私は、責任を負わされる国民の一人として、
また、有罪の確定していない人間をマスメディアが事実上抹殺することが可能な社会に
生きている一人として、そんな責任を負わされることを断固拒否する。


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誰かがつぶやいていたけれど、テレビ報道の小沢こきおろしを見ながら、「小沢さん
もこれで終わりだね・・」なんて他人事のように言ってると、それが自分にふりかかって
くる。小沢一郎みたいに政治家でもないし有名でもないから大丈夫なんて、言ってる
あなた、世の中そんなに甘くないですよ。


いまのこの地上に、友人に密告され、子に密告され、そういうことは現実にある。
かの山崎淑子さんは、友人の証言によって共謀罪になったでしょ。その弁護士の友人は
司法取引で軽い罪ですんだでしょ。


小沢一郎のこの事件、まさに共謀罪で追い詰められてる。
じつは、マスメディアのほうこそ組織ぐるみで「共謀」してるのに、ね。


つぎに、プログ「永田町異聞」の記事も一つ。
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http://ameblo.jp/aratakyo/
検察審議決の重大な欠陥を無視するマスメディア



「国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断しても
らう権利がある」


東京第5検察審査会は、そのような「まとめ」で、検察が不起訴とした小沢
一郎の強制起訴を決めた。
起訴といえば聞こえは悪いが、法廷で事実を明らかにし、疑いを晴らすチャ
ンスだととらえれば、小沢氏としても少しは気がおさまるだろう。


ところが、審査会が「白か黒を裁判所に判断してもらいたい」と言っている
のに、国会議員のセンセイたちや、マスメディアの記者たちは、早くも自分
たちで黒白を判断し、小沢氏に離党や議員辞職を求めている。


このせっかちさ、この短絡ぶりは、いつものことで、もはや不治の病という
ほかない。



それより少しは、小沢氏の話によく耳を傾け、検察審査会の議決書の奇怪さ
をじっくり検証してみてはどうか。



昨日、報道陣の取材に応じた小沢氏の発言。
「2度の議決がありましたけども、先日の議決の中でも例えば、最初の議決の
起訴の理由としてまったくなかったものが突然、今回、新たにその理由として
付け加えられて、議決書に述べられていると聞いております」



この意味を記者たちは理解したのだろうか。筆者の知る限り、どこの新聞もほ
とんど取り上げていないようだが、実はこの部分にニュースの核心がある。



前回ブログに引き続き、もう一度、10月4日の東京第5検察審査会の議決
書を見てみたい。まずは、ここだ。



「別紙犯罪事実につき、起訴すべきである」とあって、「第1 被疑事実の要旨」
と続く。

「別紙犯罪事実」と「被疑事実」はどういう関係にあるのだろうか。

「被疑事実」は、概ね以下のような内容であり、東京第5検察審査会の前回議決と
同じである。




「小沢氏が代表をつとめる陸山会は04年10月に代金3億4264万円を支払
い、東京都世田谷区の土地2筆を取得したのに、04年分の陸山会の収支報告書
に記載せず、05年分の陸山会の収支報告書に、本件土地代金分過大の4億15
25万4243円を事務所費として支出した」




では別紙に書かれた「犯罪事実」の中身はというと、次の通りである。




犯罪事実

被疑者は、石川、大久保と共謀の上、陸山会が、平成16年10月初めころから
同月27日ころまでの間に、被疑者から4億円の借入れをしたのに、平成16年
分の収支報告書に記載せず、陸山会が、平成16年10月5日及び同月29日、
土地取得費等として3億5261万6788円を支払ったのに、収支報告書に記
載せず、同月29日、東京都世田谷区の土地2筆を取得したのに、収支報告書に
資産として記載しなかった。




池田、大久保と共謀の上、陸山会が、平成17年1月7日に土地取得費用等とし
て3億5261万6788円を支払っていないのに、平成17年分の収支報告書
に支出として記載し、東京都世田谷区の土地を資産として記載し、「資産等の内
訳」欄に、真実の取得が平成16年10月29日であったのに平成17年1月7
日に取得した旨の虚偽を記入した。





問題となるのは「被疑者から4億円の借入れをしたのに、平成16年分の収支
報告書に記載せず」のくだりだ。


これは前回議決の被疑事実にいっさい記述のない内容である。同じ容疑について、
二度、「起訴相当」議決が出たら強制起訴になるということを、ここで思い起こ
さなければならない。



別の容疑事実を、二度目の議決で新たにつけ加えて、それを議決するというの
では「再議決」ではなく、「初議決」である。



小沢氏側は、東京第5検察審査会の起訴議決について「重大な欠陥がある」とし
て、訴訟手続き上の異議申し立てを検討するという。当然のことであろう。
このような議決は無効であるというほかない。



こうした事実を差し置いて、審査会の議決を判決のごとく重大視し、鬼の首でも
とったかのように、小沢追放論をぶつこの国のマスメディア
は、もはや完全に平
衡感覚を失い、船酔い状態のように思考がふらついている。




「小沢氏のけじめ」と題する8日の朝日新聞社説を眺めてみることにしよう。
社説というより、ほとんどアジ演説であることがわかる。




菅首相民主党は小沢氏に対し、政治的なけじめを強く求めなければならない。
証人喚問など国会での説明を促し、離党勧告か除名をする。最低限、それが必要だ」

「小沢氏には元秘書ら三人が逮捕・起訴された時点で、極めて重い政治的な責任が生
じている」

「一連の政治行動に、選良としての節度を見ることはできない」
「歴史的な政権交代の意義をこれ以上傷つけないためにも、強制起訴決定の機会に
議員辞職を決断すべきだった」





どんな極悪人に対して浴びせているのかと思うほどのヒステリックな批判である。



このケースでの政治的なけじめとは何か。なぜそのようなけじめが国家、国民のた
めに必要なのか。無知蒙昧な我々のためにぜひ、かみ砕いて教示いただきたい。



1年半もの間、元秘書らの逮捕を入り口に検察に付け狙われ、マスメディアの大
騒動の渦に巻き込まれたすえに、検察が不起訴とした小沢一郎という政治家は、
メディアを分け隔てしないフルオープンの記者会見に何度も臨んで、説明を繰り
返してきたはずだ。



そのうえに、こんどは法廷に引きずり出され、政治活動の時間を犠牲にして、
尋問に答えねばならないのである。



なぜ、それとは別に国会の証人喚問に応じなければならないのか、これもよく
かみ砕いて説明してほしい。



また元秘書らが起訴されたとはいえ、彼らは公判で罪状を否認すると表明して
いる。村木無罪判決以来、朝日が手のひらを返したように報道し始めた検事の
強圧的な調書作成の例からみても、ひとまず、虚偽記載とか偽装とかいう検察
的事実から距離を置くべきではないだろうか。




その意味で、「元秘書が逮捕・起訴された時点で、極めて重い政治的な責任が
ある」と軽く書くのは、「後顧の憂い」を避けるためにも、自重したほうがよ
かったのではないか。




検察審査会の強制起訴議決を機に議員辞職をしなければならないという理由
も分かりにくい。どうして歴史的政権交代の意義とそれが関わってくるのか
も、あわせて、もっと分かりやすく、具体的に、教えていただきたいものだ。




新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)
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