東京・汚泥処理施設の放射能汚染に対する小出コメント・・・by たね蒔きジャーナル


たね蒔きジャーナルのラジオ放送、これ、関西発信らしいのですが、いつも面白い。
女性司会者がよく勉強していて、短い時間のなかで的確な質問を小出裕章氏に投げかけて
います。


http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/08/tanemaki-jun8/



今回は、昨日紹介した東京大田区の汚泥処理施設の放射能汚染についてのコメント。
この放射能汚染の濃度は、毎日実験原子炉の廃液処理をしている小出さんもいまだかって
あつかったことがない、というほうどの、ものすごいレベルなのだそうです。


やはり、こうやって隠蔽してきたために、作業員たちが被曝をしている。
それに、すでにこの処理によるセメントが出回っている・・・
さらにその施設周辺のグランドの土に高濃度の汚染が見つかったとも。



以下文字書き起こしより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(略)


・(国は汚泥をセメントとして再利用することを進めている。セメントや肥料にするにあたって1キロあたり100ベクレル以下になっていれば問題ないとしているが?)何度も言うが放射線はどんなに微量でも危険。100ベクレルでも10ベクレルでも危険。社会的にどこまで受け入れ可能なのか判断するしかないが、いま出ている汚泥は猛烈な濃度であり、始末の方針を示す必要がある。


・(国が汚泥の汚染の基準を定めたのは5月で、それ以前の分は既に出回っている。セメントにして道路を舗装したら放射線が出てくる?)飛び出してくる。


・(1キロあたり100ベクレルのセメントで建物を作ったとしたら、汚染物質で覆われた建物になる。キロあたりは小さくても大量に使えば積算されるものか?)もちろんそう。それは勧められないが、いまや地球上すべてが福島の放射能で汚れている。事故を招いた日本という国は、汚染から逃れられないという覚悟を決めるしかない。が、小学校には使わないというような配慮はあってしかるべきだ。


・(江東区の保護者の会が、東京都の汚泥処理施設近くのグランドの土から高い濃度の放射性物質が検出されたと発表した。どういう風に考えたらいいか?)汚泥処理施設で焼却して処理しているのであれば、煙にのって放射性物質が大気中に出てきて、それが周辺に汚染を広げていることはあり得る。放射性物質が出ているのであれば焼却は止めるべきで、続けるならば適切なフィルターなどを設置してから行わないといけない。


・(汚泥を置いておく場所も、灰を置く場所もない。どうしたらいいか?)分からない。こんな事故が起きてしまったから、これからは今までと違う世界に生きるしかないと思っていただくしかない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「これからは今までと違う世界に生きるしかない」
この言葉はやはり、わたしたちにとって鈍痛のような衝撃。
日本人、何より福島原発周辺から遠くない距離にある東日本、関東地区に生活する
人々、わたしたちは、もう放射能に強い身体になって生きるしかないってこと・・・か。


阿修羅に、この小出氏コメントがアップされていますが、いつもにない真剣な書き込みが続いています。
ほんとうの「希望」とは、何か。


http://www.asyura2.com/11/genpatu12/msg/475.html


こんな悲惨な事故が起きてしまって、京大助教・・・すなわち万年助手であった小出裕章という存在が
注目されています。学校教員や、学問の世界では、校長や教頭よりいばっているヒラの教員とか
全共闘生き残りの東大医学部万年助教とか、そういう生き方のスタイルが認知されている(絶滅寸前の
ようではあるが)気風のあることは、知っています。


一般社会よりずっと、学問の世界ではそういうあり方が貫きやすいとは思う。
それでも、ひとりの人間の心理のうちでは、そう簡単なものではないことは、それぞれの胸に手を
当てて、正直にふりかえって見れば、すぐにわかることです。


こんな事故が起きなければ、ひっそりと生涯を反原発で貫いて、原発推進派に鼻であしらわれ、負け続けて
消えてゆく一人であったはずの小出裕章という存在。
原発の裏側があばかれる事故が起きてしまって放射能漬けで生きていくしかない現実を前に、たんたんと
これまでの蓄積した知識を伝えてくれる小出裕章という存在が、わたしたちに生きていく真の「希望」
を与えてくれています。
なんということでしょうね。


ついでに、前に紹介した岩上さんの小出インタビュー、その最後あたり、
妊娠可能性のある女性や子どもはまず第一に放射能汚染から護られなければならないということを小出さんが
強調していますが、そのとき岩上さんが、子どもは男性の協力がなければできないのだから、男性の
汚染も注意しなければならないのではないか、男性は女性にくらべて生殖可能年齢が長いのだから、という
場面がありました。


ずっとひっかかってました。
やっとわかった。


たしかに男性の遺伝子も放射性物質によって傷つくということはあるでしょう。
しかし、小出さんはそんな生物学的なことだけを言っているのではなかった。


こんな原発というおぞましいものをクリーンだクリーンだと言って推進してきた人々、そこから利権をむさぼった
人々、いくら警告しても耳を貸そうとしなかった人々、国の政策を立ててきた人々、こういうもっとも責任ある
人々は、小出さんや岩上さんのような、少なくとも五十代六十代から上の「男性」である。


この五十代六十代から上の「男性」が、もっとも責任を引き受けなければならないのだ。
農業や漁業の打撃を少しでも軽くするために、汚染されたほうれん草を食べ、汚染されたお茶を飲み、汚染された魚を食い、たとえまだ「生殖可能」であろうともそれを断念して、その苦さを日々におのが身に引き受けよ。
そうすることだけが、これほどの事故を起こしてしまったことの償いにようやく見合うのだと、そう言っているのです。