ワンダーなんかいらない・・・・・穂村弘と佐藤嘉洋
日曜日、パソコンの前につみあげた紙きれ類を整理していましたら、古い新聞切り抜き(破り抜き?)が出てきました。一枚が、東京新聞(うちはずっとこれなので)二月二日付け「土曜訪問」欄の穂村弘さんのインタビュー。
穂村さんの『短歌の友人』について、つぶやき洩らしたばかりなんですが、やっぱり以前から、何かひっかかっていたんですね。
記事は、インタビューですから、必ずしも本人の意見を正確には反映していないかもしれない。いくらか歪みの入っていることは考慮に入れながら、末尾の言葉をここに引用してみます。
「今の歌ってみんな実感重視だけど、それは過去重視ということ。そうではなく、驚異(ワンダー)に向かうような歌をつくりたい。ビビッドな予言性を持つ言葉が、詩の本質だと思うんです。」
最近の若い人たちは、修辞を「武装解除」し、「想い」をそのまま歌にする作品がおおくなっている、表現の志向が圧倒的に「共感」に傾いている、ということを指摘してのちに、続く言葉です。
「驚異(ワンダー)」ねぇ、穂村さんらしい言葉だ・・・・と、思いつつ、「実感重視」は「過去重視」と断定し、ワンダーな未来に向かおうとする言葉に、しばらく目をとどめました。それから、バリバリと新聞を破りとっておいたのです。
もう一枚、新聞の破り抜きが出てきました。四月十八日付けの「あの人に迫る」欄のK-1選手佐藤嘉洋のインタビュー記事です。キックボクシングからK-1に参戦するようになって人気が急上昇したと紹介欄にありますが、K-1とは何なのか、じつはわたしはあまり良くわからない。
けれど、このインタビューでの発言は、とてもよくわかりました。二十七歳というから、穂村さんより二十歳ちかく若いのかな。たまたま、この新聞破り抜きが二枚出てきて、続けて読んだわけなのですが、わたしはやっぱり確信しました。
わたしは、穂村さんの驚異(ワンダー)より、佐藤さんの身体で獲得した「明るくいこまい」が好きだし、胸に響くし、信じられます。佐藤さんの発言をいくつか引用します。
「何でも簡単に物事はいくと思っている人が多いです。実は全然違うのにね。メディアが成功した瞬間しか映さないのも理由の一つだと思います。」「K-1っていうのは華やかな世界で、テレビに出て有名になれますけど、それまで自分がやっていたキックボクシングはマイナーな競技。試合の前日までチケットを売り歩いていたんですよ。ファイトマネーがチケット。チケットを売らないと自分の生活にならない。」「「おれも簡単にK-1で活躍してスターになって有名になりたい」とジムに入ってくる子は結構多いんですよね。でもたいがい、すぐにやめてっちゃうんですよ」
(有名になって変わったことは、という質問に)「変わったことよりも、変えないことを意識しています。人と話すときは、絶対に絶対に偉そうにしないように。今たくさんの人が周りに寄ってきているのは、ただ自分がちょっと活躍して有名になっているだけだから。」「自分を商品と見て近寄って来ている、と思うこともあります。」「でも、そこで横柄な態度をしたら、自分が引退して肩書がなくなったときに、誰もいなくなってしまう。お互い、ちゃんと人間として付き合っていくためには、まずは自分がしっかり話せるようにしないと駄目だなと思っています。」
(亀田大毅−内藤大助のボクシング試合について)「あれを見て、自分のやっていることを誇らしく思いましたね。僕は正々堂々と全力を尽くして、最後はたたえ合って、お互いに尊敬し合ってやっている。あの試合は尊敬のかけらも感じられなかった」
(好きな言葉は「明るくいこまい」)「自分への刷り込みですよ。」「人生なんて、つらいことばっかりですよ。95%つらいことだと思っているんで。」「5%の喜びがあるから、多分やっていけるんだろうな。95%が喜びで5%がつらいことなら、多分死んでますよ。5%がつらすぎて」「いいことばかりなら慣れちゃいますよ、いいこともいいことじゃないと思っちゃう。つらいことばかりならつらいことに慣れてくるし、その5%がむちゃくちゃうれしい」
言っていることは、つづめて見れば、昔からよく言われているようなことばかりだと思います。どこにも驚異(ワンダー)はありません。
けれども、どの言葉の一言にも、佐藤選手が、自分の身体を通して、ここに新しく、確実に、自分のものとして獲得したという、かがやきが満ちています。芯に重みのある直球が、ずしんとこちらに手応えをもって届いてきます。
人間の文化というものは、このように、それぞれの身体をもって、新たに刻み込まれていくときに、伝達されていくのでしょう。一回限りを生きるこの身体が、それぞれの環境のなかでそれぞれに難儀しつつ、新たに獲得しなおしていくのです。生命は、その新たな獲得によって、よろこびにかがやきます。さらに、一回限りの生命は、孤立していないことを悟ります。
穂村さんの「驚異(ワンダー)」による未来志向は、もしかしたら、明治以来、新しい世界へ、新しい世界へと強迫観念を抱いて前のめりになってきたわたしたちの、思考の癖のなごりみたいなものなのかもしれませんね。
(オリジナル)