テレビ番組での「国民の生活が第一」党の無視はなぜ?

you tube報道ステーションだったかな、維新の会の政党結成後の
ニュースで、パネルの図が書いてあるんだけど、自民と民主と維新しか
書いてないんだよね。


ぱっとしかカメラが写さないから何度も目をこらしたのだけど、維新の
橋下の写真に全部が集中するような矢印がひいてあって、自民と民主
しかない。


一種の「洗脳」「サブリミナル」だよね。
ツィッターにも、なぜ自民と民主と維新しか政党がないかのような
報道をするのか、という意見が出ている。


民主から五十人も六十人も脱党して、民主党の元の旗印をかかげているんですよ。
これを無視するというのは、数年前に政権交替させた大多数の国民の意志を
無視しているのと同じ。


小沢一郎に対するあからさまな、二十年にもわたる、政治・検察・マスメディア
ぐるみの攻撃がいかに常軌を逸しているか、石原慎太郎とかその息子や橋下の
ような人も無げの言動をあつかましくもやめようとしない政治家がなぜ
のさばっているのか、ふつうの人たちは、ふりかえってみてほしい。


政治不信とやらで、どうせあれもこれも汚いことをやっているのだろう、
信じられない、と、そっぽを向く態度は、まったく現実的ではないです。


ふつうの感覚をもって、相手を政治家と思わずに、ふつうの人間として見て
ほしい。慎太郎や、のぶてるや、橋下は、ふつうの人間として見るとき
許せないよ。少なくともわたしは。


のぶてるは、先日、報ステで、高齢者医療の支出が過剰なので、老人は医療を
うけずに早く死ぬようにしてほしい、と言ったんですよ。「尊厳死協会にはいろうと
思っているんですよ」という耳ざわりのよい言葉で。


ふつうの人間が、二十年間もあられもないような言葉で、検察までつかわれて
攻撃を受けて、まともでいられますか? 家庭の崩壊も起きるでしょうよ。
街宣車が自宅の前をことあるごとにうろうろするんですもの。
それに耐え続け、主張を曲げないというだけで、わたしは生きてゆくのに
小沢一郎に勇気づけられます。


日本のメディアは、異常です。
異常でなければ、意図的な情報統制下にあります。