小沢一郎を嫌っていた法律家のブログを読んでみた

今朝は、たまたまこんなブログ記事にぶちあたりました。


筆者自己紹介は、
宮武嶺こと徳岡宏一朗。弁護士。龍谷大学客員教授。2010年3月まで関西学院大学法科大学院教授。


記事のタイトルは、
http://blogos.com/article/50195/
日本共産党自由民主党の小沢氏控訴審無罪判決に対する反応に呆れる


このBLOGOSは、読み応えのあるブログを紹介してくれる場所です。
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 うちのブログが政党の批判をするときは、今現在権力を持っているか、これから持とうとしているところを批判するのが常なので、日本共産党を批判するというのは珍しいのですが、小沢氏をあまり評価しない私の目から見ても、以下の共産党の機関紙しんぶん赤旗の記事はひどすぎます。

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こういう出だしで、
「小沢被告に高裁無罪
陸山会事件 「秘書に任せた可能性」
「小沢氏に監督責任「潔白」と言えるか」
なる見出しのある記事を画像でかかげ、以下のように述べます。


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まず、赤旗の見出しからして小沢被告となっているのですが、一審・二審ともに無罪で確定確実な小沢氏のことを、一般紙ではさすがにもう小沢「被告」とは書かず、小沢氏とか小沢代表などと書いています。先に、東電OL殺害事件では再審無罪判決が出る前から、赤旗は他紙と同様、マイナリ「さん」と書いていたのですから、いまだに小沢被告と書くのは、これは極めて意図的な呼称ではないでしょうか。


 次に、無罪判決となり主張が認められた小沢氏側の弁護人の談話は一切載せず、検察官的役割を果たした指定弁護人のコメントを二人分載せるというのも極めて不公平です。こんな一般紙ありません。


 なにより、なぜ本件が無罪となったのか、小沢氏の元秘書らに対する取り調べで行われた違法な誘導や虚偽の捜査報告書と言う証拠ねつ造により、ほとんどの取調調書の証拠能力が否定され、証拠採用されなかったという事実がどこにも書いてありません。本事件で最も汲み取るべき教訓の一つは、捜査機関の違法な捜査方法をいかに抑制するかと言う課題のはずなのに、それには一切触れていないのです。


 また、検察審査会の強制起訴により裁判になった事件は6件で、そのうち判決に至った事件は3件なのですが、3件ともすべて無罪になっています。市民の司法参加と言いますが、強制起訴制度の見直しが必要なことは誰の目にも明らかです。そこに触れないで、指定弁護人の「検察審査会の判断は極めて常識的」というコメントしか載せないのは、片手落ちもいいところでしょう。



小沢一郎氏・陸山会事件は不起訴にすべき事件だった。検察審査会の強制起訴は人民裁判であってはならない

 

 私は、日本共産党のぶれのない活動には敬意を表しますし、しんぶん赤旗の記事がネット上で見やすくなったのは本当に良いことだと思います。


 また、私の脱原発・消費税増税反対・TPP反対と言う衆院選投票基準から言うと、共産党国民の生活が第一よりはるかに信用できる投票先だとも思います。しかし、もはや人権問題であるこの事件について、「政敵」であるからといって、この取り上げようでは、日本共産党の変化はいまだ足らないと言わざるを得ないでしょう。


小沢氏無罪確定 「国民の生活が第一」は石原・橋下新党「俺様が第一」よりは2万パーセントましだ
(これは別記事のタイトルです。http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/79460dfb9b29a365f08ab256b59ad1ee
少し引用しますと、


「まず、政治家が起訴されて二度続けて無罪判決が出るなんて前代未聞です。陸山会事件は無罪判決が確定するのですから(指定弁護人が上告する理由がない)、推定有罪とばかりに報道してきたマスメディアもそのことを厳然として受け止めて反省するべきだし、国民もこの事件については予断と偏見なしに、小沢氏を見ていくべきでしょう。
 また、裁判で明らかになった、小沢氏の秘書らへの検察庁の証拠ねつ造や脅迫的な取り調べなどについては断罪されるべきで、何度も言っているように取り調べの全面可視化などを実現しないといけません。
 そして、さらに司法の問題を離れて政治の問題に戻っても、民主党から分かれた小沢氏が代表を務める「国民の生活が第一」は、消費税増税やTPPに反対し、脱原発についてはドイツに視察にまで行っているのですから、疑い深い私から見れば信用ならない面があるとはいえ、同じ「第三極」にくくられる石原・橋下新党「俺様が第一」よりは2万パーセントましだと言えるでしょう。憲法改悪も言いませんし。
 小沢氏が橋下維新の会に未練を残すようならダメですが、そうでなければ第三極右や既成政党の民主・自民・公明なんかに入れるより、次の総選挙では投票先に考えていい政党だと思います。」


こんな意見が書いてあります。まったく同感。前代未聞の事件であったということは、この事件が小沢を貶め、その政治力を弱める目的だけで立件されたと
いうことでもあるでしょう。)





 政治的に言っても、東京都知事選では、脱原発と反貧困・護憲の宇都宮健児日弁連会長を、国民の生活が第一共産党も推薦するという形になるといいなあと思っていましたが、共産党がこの態度では無理です。
(ということは、宇都宮さんは東京都知事には選出されない、少なくとも苦戦するということなのです。いつもこのパターン。
われわれの希望の芽を摘んでいるのは、だれだ・・・・? )




 他方、自民党の安倍総裁と石破幹事長のタカ派ペアの反応は、再び政権を担おうとする政治家としては許されない酷いものとはいえ、想定内でした。



「国民は無罪と無実は別と思っている」(安倍総裁)
「有罪と断定できないという意味での無罪だったと思う」(石破幹事長)


 安倍氏のようなことを言いだしたら、これまでの無罪判決を受けた人は、すべて社会において(裁判では無罪でも本当はやっている)という目で見られることになります。なんのために裁判はあるのか、本人は刑事被告人の負担に耐えたのかわからなくなります。安倍氏足利事件の菅家さんや東電事件のマイナリさんにも同じ言葉を投げかけるのでしょうか。


 無罪は無罪なんです。しかも、有罪率99・9%!の日本において、無罪になれる人なんて1000人に1人しかいないのですよ。日本の無罪ほどガチの無罪はありません。安倍氏は、この暴言だけでも政治家失格。まして、首相に返り咲くなんて100年早いでしょう。


 また、石破氏は、無罪とは何かがそもそもわかっていません。

 刑事訴訟法第336条は「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。」と規定しています。

 これは、検察側に有罪の挙証責任を負わしめ、検察官が合理的な疑いをいれない程度に有罪であることを裁判官に確信させない限り無罪となる、近代法の大原則である「疑わしきは罰せず」という推定無罪の原則をあらわしたものです。

 逆に言うと、どんな無罪でも「有罪と断定できないという意味での無罪」なのです。


 こんなこと言ったら政治生命が断たれるような社会じゃないといけないと思うんですが。石原・橋下ペアと極右ぶりを競い合う安倍・石破ペアに、人権感覚を求めても無駄なのでしょうが、こんな人たちが次の選挙で政権を担うのかもしれないと思うと暗澹たる気持ちになります。


 しかし、しんぶん赤旗の「潔白と言えるか」という見出しも、安倍・石破氏ら並みの「推定有罪」を示唆すると言われても仕方ありません。「確かな野党」日本共産党しんぶん赤旗は、たとえ政党の機関紙であっても、裁判については政治ではなく、人権と司法の問題として語る落ち着きを求めたいと思います。

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すごく理性的な、まっとうな意見だと思います。
この筆者のものをもっと読みたくなって、ブログ訪問。
「小沢氏をあまり評価しない」
というところにリンクが貼ってあります。
それやこれや、過去記事を見ていきますと、この方は、すごーーーく小沢嫌いだった方なのですね。


http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/f8d343e9cf18c76b5770b4f0a9b0cb17
小沢一郎民主党元代表 湾岸戦争小選挙区制・TPP・陸山会事件 政界にいる価値も資格もない



この日の記事なんか、ちょっとやりすぎです。
法律家だから、新聞などに出てきた材料をもとに考えることはあるでしょう。今の段階では推定無罪なんですよ、ということを
はっきりと言ってもいる。収賄罪も成り立たないとはっきり言っている。
だけど、リークということを承知しながら、
「しかし、自分の選挙区の建設会社から1億円も受け取って報告を怠るような政治家が、いつまでも政界に君臨して、隠然たる勢力を保っているのは異常ではないでしょうか。」
水谷建設からの献金事実を既成のこととして、こんな判断を書くのは、そのまま検察・マスコミ・政治・官僚もろもろによる小沢潰しにのっかっている
わけでしょう。
とくに、画像がひどい。
こういうのは、印象操作ですね。
小沢が刑事告発されてなくて、ふつうの政治活動中なら、画像をパロディー化するということもいいでしょう。
冤罪に陥れられようとしている人物に、このような悪意によるちゃかしはあまりに思慮に欠いた行為です。
もちろん、筆者は冤罪とはこの時点では思わず、有罪にはならなくてもそれぐらいことをしていると思うからやっている
ことですが、それでは推定無罪って何でしょう。



こういう記事を見ても思うのですが、わたしが小沢を「良し」と見る感覚は、とても庶民的なのだと思います。
エリート感覚ではない。
法律がわかって、弁もたって、知識もあって、国際政治とか国内政治なるものに一家言あって、そういう左翼系の人は蛇蝎のごとくに小沢
を嫌います。
わたしは、湾岸戦争の資金拠出もあっただろう、あれもこれもあったかもしれない、しかし政治なんてやってれば机上の論理だけでは
いかない、そのときどきに応じたもっとも適切で最上と思われる判断をするしかない。それよりわたしたち庶民にとって大事なことは、
この人は信用できるか、裏切らないか、という肌の感覚。


先日、東京新聞こちら特報部を担当している田原牧記者の面白いエピソードがありました。
性的マイノリティである田原氏をいちばんすんなりと理解してくれたのは、やくざのおっちゃんだったそうです。
生きてればいろいろあるさ、という生活感覚から、と。


理の通らない世の中を、金もなく、権力なく、そういうところで生きしのいでいる者の感覚からすると、小沢一郎悪者説はあまりにも常規を逸して
いるのです。「それはおかしいよ・・・・」とつぶやかざるを得ない。


超大国アメリカが「テロとの戦争」などと言ってあの小さなアフガニスタンを総攻撃したこと、
イラクに難癖をつけて無理矢理戦争を起こしたこと、
自衛隊の行くところが安全なところ、などと詭弁を弄した小泉純一郎
あげたらきりがありませんが、こんなの、まともな神経では受け入れられないこと。


小沢憎悪にそそぐエネルギーがあまりにもバランスを失しています。