『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』ジョシュア・キー著 合同出版、2008.9.1

 リバーベントという名の、バグダードに住む若い女性の日記を、TUP速報というメール・マガジンで読むようになったのはいつ頃からだったか。二〇〇七年一〇月、ついに家族でシリアへ脱出するまで、イラクの「アンネの日記」とも言われる日記は綴られた。


 このリバーベントが毎晩、米軍の理不尽な家宅捜索におびえ、怒り、憎悪をこめて日記に書いたそのことが、本書では加害者側の一米軍兵士の立場から語られる。


 テロリストに通じているかも知れないという理由で、毎晩一軒、多いときには四軒もの家の寝込みを襲い、身長五フィート(約一五二㎝)以上の男はみな拘置施設へ連れて行く。家のうちのあらゆるものを打ち壊し、めぼしいものは略奪し、殴りつけ蹴り上げ、あるいはレイプし、殺す。


 下っ端の上等兵だった著者ジョシュア・キーも略奪し、情動にまかせて殴りつけたが、やがて繰り返すうちに嫌になった。あるときは、首のない四つの死体が道端に並べられ、錯乱した二人の兵士が笑いながら首をサッカーボール代わりに蹴飛ばしているのを見た。
 また遺体置き場の歩哨に立っていたときには、老女がキーを憎しみをこめて睨みつけ、抗議の罵り声をあげ、少女の遺体に悲しみの叫びを親戚とともにあげた。おもわず涙が溢れ出た。泣いたことで上官に脅され戒告文書を書かされたが、多くの兵士ができない涙を流すということを自分に許すようになって、戦意が少しずつくじけていった、という。


 イラクで何が行なわれたか、下っ端の兵士の目が見たものを、どうかこの書で知って欲しい。知るということは、大切なことだ。


 そして、この書を紹介したかったのは、著者ジョシュア・キーが、アメリカの格差社会の中の最下層といってもよい貧困家庭で、継父の母親に対する暴力を見て育ち、そこから抜け出したいと願ってつつましい結婚をし、子供をもち、家族を養うだけの仕事についにありつけなくなって軍隊にはいった、「貧困徴兵制」の網にかかった一人であるからだ。「貧困徴兵制」とはいかなるものか、今の日本のわれわれは知っておく必要がある。


 家宅捜索に踏み込んだイラクの家庭の方が豊かで清潔だと感じるほどの、トレーラーハウスに育ち、溶接工になるのが夢だったが、専門学校に通う資金さえない。そういう貧しい高校生のところに、軍隊のリクルーターはやってくるのである。


 入隊に関する「民主的な」ガイドラインはあるようだが、リクルーターの方はノルマ制で、食い詰めて入隊したい者に最大限の「便宜」をはかり、空約束さえする。だが、軍隊に入ったが最後、思いもよらぬ契約書に署名をさせられ、法的に縛られるのである。


 戦地に赴く直前の良心的兵役拒否者の例は少なくないそうだが、キーのように戦地を潜ったのちに戻ることを拒否し、国外への脱走に成功した例は稀であると、訳者は言う。


 実際、軍隊付き弁護士に相談したキーは、「戦地に戻るか、牢屋に入るかだ」と冷酷に突き放された。脱走は犯罪となる。フラッシュバックと悪夢に苦しみつつ、映画で見る逃亡者さながらの一年余りを過ごし、二度と母親に会えないことを覚悟して、妻子とともにカナダに越境したのであった。


 溶接工になって、家族といっしょに暮したいという平凡なつましい願いが、こんなにも遂げがたい「豊かな国」アメリカとは、何なのだろうか。





(ジョシュア・キー(元アメリカ陸軍上等兵)/ローレンス・ヒル(構成)/井手真也(NHKディレクター)訳『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』合同出版、2008.9.1)


                                   (熊本日日新聞2009.3.1)