9.11事件に遭遇、数奇な日々を体験した山崎淑子さんインタビュー by 岩上安身チャンネル

夏休み明けです。おひさしぶりです。


岩上チャンネルの中ではすでに平均6000回というものすごい再生数になって
いるので、もう見た方もあるかも知れません。
でも、これだけは、ここにスクラップしておきたい。
まだ見てない方は、ぜひごらんになってください。


長いので、二日くらいかけて。最初の一、二回は、ちょっと退屈するかも
知れませんが、がまんして、飛ばさずに。全部がかかわってくる。


さまざまな側面があって、まさに目からうろこのことがいっぱい。
記憶からだけ書いておくと、まず、9.11事件を現場で見聞きしたもの
だけにしかわからないことを伝えてくれる。体験した者だけが知る真実。


それは、限りなく「ヤラセ」くさいということ。
当時からその説はあり、いまも科学者たちのグループが検証していますが、
現場にいたものの体験も、そうだった。


パールハーバーだと、直後から言われましたが、アメリカの高校などで
いかに日本人はずるいかとこの事例で教えられ、日系の子はいじめられる
のだそうです。


エンパイヤステートビルに飛行機が突っ込んだが、それでも倒壊しなかった。
ニューヨークっ子にとって、それは常識。トレードセンターが倒壊など
ありえない・・・・そんなさまざまな疑問を、一人の体験者として講演
していた彼女に、しのびよってくる国家の影・・・


国家とはこれほど恐ろしく、冷酷なもの・・・
ことに、9.11以後のアメリカが作った法律「共謀罪」の恐ろしさ。


日米地位協定は、罪を犯した米兵のためのものかと思っていたが、一般
日本人にも通用させられるのですね。驚いた。


最後に、この数奇な日々を耐え抜いてきた、このパワフルな女性山崎淑子
さんの賢明さと粘り強い精神に感嘆させられます。


必見、必見、必見のインタビューです。



このアドレスをクリックすると連続して前半再生。
http://www.youtube.com/view_play_list?p=E429E62DFD0839F1


岩上チャンネル
http://www.youtube.com/iwakamiyasumi#p/u/38/Wn0blcET8V8


○2010年8月10日フリージャーナリスト岩上安身が米国の報復によって投獄された
山崎淑子さん(「サラ」は米国での通称)にインタビューを行っています。


○山崎淑子さんインタビュー(目次)
01 アメリカで働きはじめた経緯
02 9・11が起こる前のニューヨーク。かすかな疑心
03 散歩中の視界に、立ちのぼる黒煙。「第二の真珠湾だ!神風だ!テロだ!」
04 真珠湾という言葉から透けて見えた米国の思惑。崩壊しないはずのビルが!?
05 ラジオから消えてゆく『イマジン』
06 グランド・ゼロへ。地下からあがる炎
07 被災後の日々
08 真実を語ることの危険性。日本人からの警告
09 涙を浮かべる父親の姿を見て
10 違和感の連鎖。FBI・CIAによる家宅捜索
11 なだれ込んできた検察。共謀罪の恐ろしさ
12 殺処分された愛犬。血に染まってゆく畳
13 日米犯罪人引渡し条約
14 弁護士Aの偽証
15 米国に縛られた手足。司法取引詐欺
16 弁護をしないヤメ検弁護士。知的虐待
17 出獄した眼の前に立ちふさがる護送車
18 出獄への見えない力。囚人服のまま成田へ
19 生きる
20 いま伝えなければならないこと
21 日本の真実


○山崎淑子さんは去年、「谷川サラ」という仮名で以下の番組にも出演なさっています。
【TV朝日 サンデープロジェクト 2009年4月26日(日)11時頃
司法は誰のものか〜「日米条約」と「日本の司法」〜 ディレクター江南亮 
プロデューサー上田未生】




関連岩上ツィート

2010年8月13日 TweetまとめNo.1

検察の拷問の手口の一つが、持病のある人間を拘置所に留置して、薬を取りあげ、
体調が悪化しても、ろくな医療行為を受けさせないこと。先日のシンポジウムに出
席した小堀さんのケースがまさにそれ。同じような目にあった女性のケースを、
取材した。近々ビデオをアップする。


子宮内膜症を患わっていて、手術を受ける予定だったその女性は、ある日突然、
官憲に連行され、拘置所に連れていかれ、薬を取り上げられた。3カ月間拘置され、
出血が止まらなかった。凌辱に近い扱いである。


検事は、「ペットのワンちゃん、殺処分になっちゃうよ」と、脅した。脅すだけで
なく、拘置されている間に、愛犬は本当に殺処分されてしまった。


彼女についた国選弁護人は、彼女の権利保護の為に何もしなかった。ずっとのちに
なってわかったことだったが、彼は有名なヤメ検弁護士であり、検察の身内だった。


三ヶ月の拘置のあと、彼女は米国の官憲に引き渡され、米国製の手錠、米国製の
腰縄をつけられて、米国に護送された。犯罪人引き渡し条約により、米国で訴追さ
れた日本国民は、日本政府に守られることなく、米国へ送られてしまう。その逆
はない。日米地位協定という不平等条約のためである。


彼女にかけられた容疑は、9・11同時多発テロの被災者向けのローンを詐取しよう
とした弁護士との共謀罪。本人はまったく身に覚えがない。米国では、誰かが「あ
の人と共謀した」というだけで、罪をかぶせられてしまう。



彼女にはアリバイもあった。しかし、ろくな審理もなく、司法取引を強いられる。
罪を認めれば、実刑は免れられる。そういう約束だった。泣く泣くサインしたが、
法廷では何と実刑を言い渡された。


刑務所送りにされた彼女は、そこで自分と同じように冤罪で送り込まれたアメリ
人女性と会う。名前はスーザン。スーザンはひどい拷問で精神を病んでしまってい
たが、同房となった彼女の看護で、回復して行く。



数年の後、出獄した彼女は、金も、洋服も、鞄も、アクセサリーも返されず、囚人
服のまま、日航機に乗せられ、東京へ送還された。財産も、家も失った彼女は、
教会で行き倒れ、聖路加病院の救急救命センターで命を救われた。


検査によってわかったことだが、長い刑務所生活で、彼女はB型肝炎に感染していた。
検査も治療も受けさせてもらえなかったが、自分の体内で抗体を作り出していた。


彼女は、どんな罪を犯していたというのだろうか。あの、9・11の際、倒壊したワール
ドトレードセンターのビルのすぐそばにいた彼女は、事件を目の前で目撃し、アスベ
スト被害のための証拠として、粉塵を採取していた。事件現場の写真もとっていた。



そして、NY在住の一市民として、ブッシュ政権対テロ戦争政策に反対し、日本に帰
国しては、目撃した事実を講演で話し、イラク特措法に反対した。「罪」があるとす
ればそれだけだ。その「罰」が、財産と、健康と、自由と、愛犬の命を失うことであ
るとは、誰が予想しただろうか。



今、彼女は、失意の中から立ち直り、自分の身に起きたことを手記にまとめつつある。
冤罪被害者として、自分の無実を改めて訴え、私の取材も受け、この秋には、同房だっ
たスーザンを日本に呼び、記者会見を行う。



元CIAだったスーザンは、一足先に単行本を書き、愛国者法によって訴追された自身の
無実を訴えている。平和を訴えた日米両国の勇敢な女性二人は、自国の政府によって
弾圧されたが、心を折られることなく、自身の名誉のために、立ち上がろうとしている。